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ご案内

脇町高校「芳越歴史館」


 
    本校は明治29年3月31日、徳島県尋常中学校(現城南高校)の第一分校として開設され、同32年3月31日、徳島県脇町中学校として独立。戦後の学制改革により、昭和23年4月1日、新制の徳島県脇町高等学校となり、百有余年の歴史を有する。本校は創立90周年記念事業として、芳越歴史館を完成させた。
 なお本校は、明治12年2月10日、高知県脇町中学校として開校され、同18年4月15日に廃校となった前身の時期をもっており、あわせると百十年を越える歴史を持っている。
 この芳越歴史館は、昭和60年11月11日着工、61年4月25日に完工をみたもので、開館は同年11月15日(土)の脇中・脇高90周年記念式典当日であった。
 鉄筋二階建、延面積197.3㎡、入母屋造り、本瓦葺、妻入り、2階の廂に2基の卯建をかかげ、虫籠窓を配した白壁の和風建築とし、町並み保存が叫ばれている脇町にふさわしいものとしている。
 
 1階の展示内容は、第1回卒業生以来、今日までの卒業写真や校舎の変遷の写真、そして、明治12年の授業料拾銭の納付設や同16年の卒業證書、同30年の生徒心得(ふすまの下張りからでてきた)、同35年の「脇町中学及附近図」がある。そして、明治32年から現在にいたる脇中・脇高の毎日の教育内容を記した教務日誌や職員会議録がある。また本校教諭であり、大正11年、「邪馬台国は大和である」の説を出され、今日その説が脚光を浴びている古代史学者、笠井新也先生をはじめとする先生・先輩方のコーナーも設けられている。その他、本校の刊行物、教科書、生徒作品、部活動や生徒の生活の記録などの展示もある。1階部分の資料点数は4000点を越えている。
 
 2階の展示内容は旧制中学時代の図書約5500冊余の収蔵が中心になっているが、その中には脇町猪尻上野の最明寺寄贈の仏典を中心とした和書約350冊が含まれている。「古事記傅」「大日本史」「吾妻鏡」などの和書をはじめ。「漢籍」「日本教育史資料」「古事類苑」「大日本史料」「大日本古文書」「史籍集覧」の日本史資料などが残されている。なお、卒業生の著作コーナーも設けられている。
 
 旧制中学時代の生物標本等は、歴史館とは別に生物教室に特別のコーナーを設けて展示してある。現在では入手できない雷鳥の夏毛・冬毛の剥製など貴重な標本も含まれ、標本・図録などの点数は2000点を越える。